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寿城区(スソング)は、新羅時代には喟火郡(ウィファグン-上村昌郡とも呼ばれる)と呼ばれたが、景徳(キョンドク)王が寿昌郡(スチャングン)に改名。
高麗初期に寿城郡へと変わり、玄宗(ヒョンジョン)9年(1018年)に寿城郡司(スソングンサ)として慶州(キョンジュ)に属す。
その後、恭讓(コンヤン)王2年(1390年)に解顔県(ヘアンヒョン-慶州任内に属していたが、その年代は未詳)を兼ねて監務(官職)が置かれる。
朝鮮太祖(テジョ)3年(1394年)に大邱管轄となり、太宗(テジョン)14年(1414年)に大邱に合属、1419年に寿城県司(スソンヒョンサ)として大邱任内に属することになり命名された寿城区(スソング)寿城野(スソンヤ-現在は都市計画により区画が整理され、黄金洞(ファングムドン)、斗山洞(トゥサンドン)になっている)が区の管轄の中心地となる。その後、1980年4月1日に区の新設の際に寿城区に命名された。
1981年7月1日に大邱直轄市に昇格した際に慶山郡(キョンサングン)孤山面(コサンミョン)が編入され、区域が拡張した。